既存の「幸せの定義」では限界。「高さの幸せ」を補完する「深さの幸せ」とは?
こんにちは!
日本の若者から世界を変える"たかとん"です。
本日は、「幸せの定義」についてお話ししたいと思います。
皆さんはどんな時に幸せを感じますか?
人それぞれの答えがあると思います。
例えば、誰かに感謝をされた時。
お金をたくさん得た時。
大好きな人と一緒にいた時
などなど、様々な場面がありますよね。
皆さんが幸せを感じるときは、
このように「何かを得た場面」が多いのではないでしょうか?
この種類の幸せのことを、高さの幸せと言います
高さの幸せとは、何かの回数や量が増えていくことに比例して、幸せが増していくという幸せです。
高ければ高く、多ければ多いほと、
幸せを感じるというものですね。
例えば、お金を年収500万円稼いだとしたら、700万円になったらもっと嬉しい。
700万円になったら、まだまだ上に行きたい。
そのような思い、次は年収2000万円を目指すかもしれません。
恋人との時間も、旅行に行く日数も、少ないことは不幸せ。
逆に、増えるば増えるほど、幸せだっていう風に思います。
これは今までの幸せの定義です。
しかし、これからの時代、
ものが溢れ、安価で旅行にも行けて、出会いたい人にも簡単に出会えるようになった”このご時世”では、
いかに年収2000万円を得ていたとしても、
毎日恋人と出会えたとしても、
毎日行きたい場所に行けていたとしても
高さに慣れてしまった時に、マンネリや虚無感を感じてしまいます。
実際に企業を経営している経営者でも、お金はたくさんあるが、心は貧しく、自殺をしてしまったり。
大切な人と一緒になれたと思ったとしても、これが本当に私がいなかった幸せなのかなーと悩んだり。
また念願出会った海外留学ができて、現地に行ったとしても、思っていた人生が始まらなかったり。
このようなことは少なくありません。
なぜかと言いますと
私たちが今現在生きる時代は、物がたくさん溢れており、情報も溢れており、もともと欲しいものがある程度手に入ってしまうからこそ、更なる高さの幸せを求めることができなくなっています。
では、これからの時代に求められる幸せは何なのでしょうか?
それは、深さの幸せです。
深さの幸せが何かと言うと、有り難みを感じること、
つまり、あるところから見るのではなく、ないところから見るのです。
例えば、今私たちは目で物事を認識していますが、明日から目が見えなくなるとしたら、どんな気持ちになるでしょうか?
あなたは、明日から目が見えなくなります。
人生最後の目が見える一日を楽しんだ後に、ようやく目が見えなくなりました。
真っ暗です。色は存在しません。形も存在しません
その時あなたは、目が見えていた時のことを、どのように思うでしょうか?
目が見えない。その状態から、ふと目が見えるようになった時、どれほどの感動があるでしょうか?
考えてみてください。私たちには、必ず寿命があります。
百年後、あなたは目で見ることができず、匂いを嗅ぐことができず、触ることもできず、味わうこともできていません。
そのように考えた時、今ここ2017年あなたが目が見えて、人と出会えて、話せて、未来を見据えていることが、どれだけ幸せなことなのでしょうか?
これが、深さの幸せです。
高さの幸せに対して、深さの幸せが補完できる点。それは、外を変化させている幸せではなく、人間の認識の基準点という内側を変化させて得る幸せだということです。
これからの時代、さらに、モノが飽和し、心が貧しくなります。
その時、現代社会において、私たちが追い求めるべき幸せは何でしょうか?
私たちに必要な認識水準とは何でしょうか?
必ず、深さの幸せがこれからの時代に求められてきます。是非一緒に、深さの幸せを追求していきましょう!
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lifeisplay-trialsession.site
それでは本日も、ご一読ありがとうございました。